ゲイリーという男に会うべく、我々は次にオレゴン州から約2000キロ離れたテキサス州、サムッドへと向かった。

アマリロ空港を降り立ち、車で東へ向かう。
大陸のうねりに逆らわず、オールドルート66は地平線の彼方まで果てしなく続いている。
別の惑星に来たのかと思うほど広大な大陸のスケールに、もうここへ来た目的すら忘れてしまいそうだ。

バックミラーに移る砂埃。野放しにされた馬や牛、ステーキハウスに屯するカウボーイ達。
目に入る全ての光景が、乾燥した大気に着色され、まるで古い西部劇を見ているかのように錯覚する。
壮大に広がるコットン畑を走り抜けると、道はコンクリートから赤土へと変化した。

西陽に照らされる広野をさらに行くと、何やら学校らしき建物が見えて来た。
廃校のようだが何故かまだ温もりを纏っている。
何か表に書いてある
『ORGANIC COTTON CLOTHING, WE GROW T SHIRTS』
どうやら廃校を事務所として使用しているようだ。
まだ中に誰かいる。
扉を開け中に入ろうとすると、「待っていたよ」後ろからウェスタンシャツを着た60ぐらいの歳の男が、燃えるような夕日に照らされ立っていた。「ゲイリーだ！」かっこ良すぎる登場が、またしても西部劇のワンシーンを彷彿させた。
特徴的な口元をニヤリと上げ、「挨拶はさて置き、とにかく見せたい光景があるんだ、さあ車に乗ってくれ」赤いピックアップトラックに我々を乗せると、砂埃を巻き上げガンガンと走り出した。

ゲイリー。彼はS.O.S=『Save Our Soil / 我々の土を守る』をコンセプトに、テキサス州にてオーガニックコットンの栽培から製品の縫製までを一貫してアメリカ国内で行うオーガニックコットン・カットソーブランドの創業者である。
創業当時の90年代、アメリカ国内にオーガニックコットンファームはいくつかあったようだが、ファーマー自身がカットソーを展開することは大変希少だったようだ。
それゆえ９０年代後半には、あの有名なアウトドアブランドもノウハウを学びに来るほどだった。

夕日はもう地平線に浸かろうとしていた。
目の前に広がるコットン畑は、暖色の光を浴びながらも、もうすでに冷たい眠りの世界に変わろうとしている。

この時期のテキサスの気候は厳しい。
日中は２０度ほどあるが朝夕は氷点下を下回る。
この過酷な気候こそが、力強いコットンを育むのだろう。
この赤く焼ける空と、訪れる深い沈黙の空のグラデーションに着色された無数のコットンボールを、ゲイリーは見せたかったのかもしれない。
風の音、コットンの摩擦音だけが聞こえている。

コットン畑を分け入り歩く彼の後ろ姿は、自ら育てたこの土を愛し、アメリカ大陸に誇りを持ち、堂々と生きているのだと語っている。
沈み行く夕日に透過したゲイリーのTシャツは、この土地と大気に溶け込みながら、深呼吸をしているようだ。
ただずっとコットンボールを紡ぎながら、ニヤリと笑みを浮かべ、「ここまでは俺が育てた。Tシャツにして渡すからあとは自分色に染め、大事に育ててくれよ。」
そう我々にコットンを手渡すと「とにかく腹が減ったんだ。ステーキでも食べに行かないか？」
そう言いながらウェスタンシャツに袖を通すゲイリーの姿に、我々は何も言えずただ、今終わろうとしているこの時間を愛おしく思いながら、旅の終わりと始まりを感じていた。